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1946
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身延山にこもり、1年間空手を修業し、戦後初の武道大会空手部で優勝する。 |
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1948
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清澄山に1年半こもり修業する。 |
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1949
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牛の角折りを研究する為、7ヶ月間、屠殺場の近くに住み、50余頭の猛牛を倒す。 |
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1952
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日本空手の代表として渡米。各地でエキシビジョン、テレビ出演しウィスキーのビンを切る手は "ゴッドハンド"(神の手)と賞賛された。 |
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1954
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東京目白の焼け跡の野天道場に大山道場の看板を掲げる。 |
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1956
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立教大学裏の古いバレースタジオ跡を借りて稽古を始める。総数300人。極真会の前身。 |
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1957〜
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世界各地をまわる。 |
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1963
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大山道場が手狭になり、豊島区西池袋に国際空手道連盟極真会館総本部を建設するため、工事に着手する。 |
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1969
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念願の第1回全日本大会開催 |
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1975
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第1回世界大会、東京体育館で開催。世界36カ国から128名の選手が出場する。 |
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1975〜
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世界各国にて大会を開催。その後の活躍により、「世界の空手王」と称される。 |
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1994
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ご逝去。享年70歳。総裁の多数の著書は青少年に多大の影響を与えている。 |